poco_chan’s diary

ポコちゃんのつぶやきブログです。ひとりぼっちで辛い思いをする人がいなくなるように。ここを訪れてくれた人の心がすこし軽くなって、社会を信じて自分を好きになったらいいな。落ち込んでるなんて、もったいない。みんなで力を尽くし、よりよい世の中を作れるように。そうして、かわいい子どもたちや、若い世代に明るい未来を引き継げるように。それが、ちっぽけなわたしの壮大な夢です。(笑)

外国人になって

いちろーのインタビューを読んだ。

このことは、外国人になったことで、人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分があらわれたんですよね。

この体験というのは、本を読んだり情報をとることはできたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので。

孤独を感じて、苦しんだこと多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって、大きな支えになるんだろうと、今は思います。

これわかるなあ。海外に留学して帰ってきた友だちが、なんか深い思考になってたり。

やっぱりさ、今の序列なんか簡単に覆るんだってことを、身を持って体験するってことかな?しかも、少数派、弱い立場になる体験って、衝撃だよね。

うちの子どもたちも、早いうちに外国に行かせよう!お金かかるけどね〜。(笑)

悪いって何?

人を傷つけること?
ズルいこと。
誰かを騙すこと。
フェアじゃないこと。

そんなの、立場によって、見え方が違うよね。

だから、統一の法律があって、罰則があるのかな?

悪いこと、嫌なことが、どんどん個別化していったら、どうやって合意を形成するのだろう?

ポコちゃんは合意でガチガチよりは、融通が利くほうが好きだけど、基準が揺らいだら、ずるい人が出てくるかもしれない。

騙されて傷ついてる人がいたら、そういう人をバカにする人がいたら、嫌だなあ。

だから、できるだけ、みんなが衣食足りて礼節を知る状態にして、みんなが生きるために人を騙したり、欺いたりしなくてよい世の中になったらいい。

みんなが、精一杯誠実に、幸せに暮らせたらいい。

そんな時代がくればいいのに。

彼女は頭が悪いから

読み終わりました。

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コミュニケーションは、実際には20%くらいしか伝わらない。本当にそうだなと思いました。

じゃあ、どうすればいいのだろう?

と、思うのだけれども、仕方がない。

だけど、恋だけは、ねぇ。
わからない相手に惹かれ、わからない相手にわかってほしくてたまらなくなっちゃうんだから。

読んでいて、最後の4分の1くらいになると、あー、二度と若い頃なんかに戻りたくないと思ってしまいました。

本当に、幸せになるもならないも、運もある。

それならば、わたしは運が良かったなと思う。

え?もっと、セクハラとか、学歴偏重とか、コンプレックスとか、そういう話じゃないの?って?

確かに、頭が良い悪いより、環境だというところもある。美咲は、塾に行かずに、伝統的な地元の優秀な高校に行ったから、東大とか縁がなかった。だけど、もし、生まれた家庭が違ったら、誰かの妹みたいに慶応の医学部くらいには行ってたかも知れない。つまり、生まれた家庭の経済的な話とか、もし男の子に生まれていたら、違ったかも?とか、そういう話だってある。彼女にはそういう欲もなかったし、環境もなかった。でも、幸せになる素養は人一倍あったのに。

わかんないけど、ポコちゃんには、美咲の苦い恋の話に思えた。若き日の自意識とか、見栄とか、焦りとか、周りのそういうものが、少しずつ運命を狂わせて、起きてしまった事件のように思った。

美咲自身は、最初は全くそういう価値観に無縁といっていいくらい無垢だったのに、相手の気持ちを考えたり、空気を読んだりしているうちに、知らない間に、その価値観に組み敷かれてしまう。惚れた弱みってやつかしらね。

そして、わからない人には、悪気なんかなくて、もしかしたら、殺人犯だって、こんな感じなのかも?犯人は「なんで自分が悪いの?」って、思ってるのかも?とすら思えてきました。

伝わらないんだな。

でも、それは、自分が多数派にいると思うから余裕かましてるけど、少数派でわかってもらえないのはつらい。

美咲のところにね、最後に大学の先生が声かけてくれるんだけど、本当に彼女がいてくれてよかった。美咲は、吐き出さないと、立ち直れないと思う。ずっとひとりで秘めてきて、終わりにしようと思ってた恋なのに、あんな侮辱を受けるなんて。

スマッシュくんが、救ってくれないかな。なんて、続きの物語を考えちゃう。自意識が強くて、人の心がわかる彼なら、きっと美咲をわかってくれるし、受け入れてくれると思う。だって、美咲の背中を押したのは、彼との別れの経験だったのだもの。どうか、彼女が普通の毎日を、いつか取り戻せますように。

偏愛に浸りたい。。。

偏愛とか好きでつながる関係はずっと楽しくて平和。だからエネルギーを消費してでも、すごく好きなものをたくさん持てたらいい

ステキ!人生を自分のフィルターで主体的に生きてる!って感じ。
俯瞰することもいいけど、偏愛にどっぷりハマるのもいいよね。社会的自分の中に、私的自分を取り戻す感じ。

https://holics.jp/special/DNOJx.amp

信頼を積み重ねること

やっぱりどんなに聖人と思われる人だって、失敗して、成長する。

だから、失敗を怖れない。

失敗しても、あの人がうまく行かなかったくらいだから、よっぽどのことだったのだろうと、手を貸してもらえるような信頼を積み重ねることが大切。

Sさんははっきりきっぱりいうけど、グズグズしない。角が立たない。なんでだろう?

「わかっていると思うけれども」、「〇〇さんは、当然ご存知のことと思いますが」とか、相手の立場に立った逃げ道を用意するからなのかな?

そのためには、自分のコンディションを良くしておく。どんな球にも構えられるように。時には交わしてもいいんだけど、ちゃんと球を見る余裕をキープしておく。 

そうして、いつも自分をいい状態に保つことが、すなわち信頼なんだろうと思う。

しかしさ、感情がいざこざしたり、コミュニケーションがうまく行かないことは、なんでこんなにストレスなんだろう?

これは、ちゃんと考えろという、神の啓示なのかな?

わたしもがんばる。逃げないで、しつこく成長する。(笑)

協調性から社交性へ

「わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か」平田オリザ

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昨日から、この本をむさぼるように読んでいます。

心からわかりあえることを前提とし、最終目標としてコミュニケーションというものを考えるのか、「いやいや人間はわかりあえない。でもわかりあえない人間同士が、どうにかして共有できる部分を見つけて、それを広げていくことならできるかもしれない」と考えるのか。
「心からわかりあえなければコミュニケーションではない」という言葉は、耳に心地よいけれど、そこには、心からわかりあう可能性のない人びとをあらかじめ排除するシマ国・ムラ社会の論理が働いてはいないだろうか。

成熟型の社会では、多様性こそが力となる。……多様性こそが持続可能な社会を約束する。……みんなちがってたいへんた。しかし、この「たいへんさ」から目を背けてはならない。

……科学哲学が専門の村上陽一郎先生は、人間をタマネギにたとえている。タマネギは、どこからが皮でどこからがタマネギ本体ということはない。皮の総体がタマネギだ。人間もまたおなじようなものではないか。本当のじぶんなんてない。私たちは、社会における様々な役割を演じ、その演じている役割の総体が自己を形成している。

ペルソナの仮面の総体が人格を形成し、ただし、その仮面の一枚だけが重すぎると、バランスを欠いて、精神に支障をきたす。

コミュニケーションのダブルバインドはますます複雑になるけど、この状況をはっきりと認識し、そこと向きあうことから始めるしかないだろう。

わかりあえないことは、さみしいけれども、わかりあえないことを受け入れれば、もっと世界は広がる。

文化を超えた調整能力。「グローバル・コミュニケーション・スキル(異文化理解能力)」
その中でも重視される、集団における「合意形成能力」あるいはそれ以前の「人間関係形成能力」

それを身に着けたら、バージョンアップできるかも?それを目指そう!新しい目標を見つけた!頑張らなくっちゃ!