poco_chan’s diary

ポコちゃんのつぶやきブログです。ひとりぼっちで辛い思いをする人がいなくなるように。ここを訪れてくれた人の心がすこし軽くなって、社会を信じて自分を好きになったらいいな。落ち込んでるなんて、もったいない。みんなで力を尽くし、よりよい世の中を作れるように。そうして、かわいい子どもたちや、若い世代に明るい未来を引き継げるように。それが、ちっぽけなわたしの壮大な夢です。(笑)

150歳まで生きたいの。

アルツハイマーになっても、小説を描くことも、人を愛することもできる。美しく、優しく、可能性に満ちた映画だ」

 

今、見たい映画があるんだ。
蝶の眠り」って映画。


認知症とは、わたしの中では、子どもの頃から蓄積してきた社会性をはぎ取られるような病気に思える。

若いときに我慢したり、自分を押し殺した人ほど、豹変する。
それまでかけていた理性のブレーキが、外れるからだ。

 

あ、医学的根拠はないので、個人的感想です。

 

昔、老人ホームでお仕事をしている人から聞いたことがある。

若い頃、浮気したり、女遊びしたりした人の奥さんは、仕返しのように年老いてから認知症になり、夫を振り回すのだと。

それで、人生の帳尻が合うんだって。

 

なんとも皮肉な話なんだけどね。

でもさ、年老いてから、そんな風に愛してもらえる人生も悪くないかな〜。なーんて。(笑)

(あ、うちの夫は全然そういうタイプじゃないので、そんな愛され方は期待していませんが。。。(汗))

映画館を検索したら、明日までだって〜〜〜(泣)
見に行けないや。ビデオ出るの待とう。。

とにかくね、150歳まで生きたいの。ちゃんと生きたい。
ヨーダとか、E.T.みたいな風貌になっても
身体が不自由になっても、頭が回らなくなっても、気の利いたことが言えなくても、それでも、誰かの役に立てる自分を確立するために。
本当に、生きてるだけでいいって境地に至ってみたいの。
そのころには、AIやら、介護ロボットやら、いろいろあると思うから、若者には極力迷惑をかけないように、それなりに自立して、そんなよぼよぼな状態でも、なにか差し出せるものがあったら、しあわせ。

博物館に並んで、いい歳の取り方のお手本になるんだ。
ビリケンの置物みたいに、博物館の入口に座って、みんなにゆびタッチしてあげる。

見苦しくてもいい。精一杯生きているところを、見てもらえるように。
前向きに、明るく、そして、楽しく。

そうして、みんなのお葬式に行ってね、だれよりもたくさん思い出話をしてね

ポコちゃんの見てきた、その人のよかったところを、いろんな人に思う存分伝えてあげるの。


ポコちゃんが死ぬときは、若い頃のわたしを知っている人は、もういないかもな。でも、それもいいかも。

だーれもお葬式に来なくても、それは、みんなより長生きしたって事だから。
もう、なんにも差し出せるものがなくなったと思ったら、眠るように死にたい。