poco_chan’s diary

ポコちゃんのつぶやきブログです。ひとりぼっちで辛い思いをする人がいなくなるように。ここを訪れてくれた人の心がすこし軽くなって、社会を信じて自分を好きになったらいいな。落ち込んでるなんて、もったいない。みんなで力を尽くし、よりよい世の中を作れるように。そうして、かわいい子どもたちや、若い世代に明るい未来を引き継げるように。それが、ちっぽけなわたしの壮大な夢です。(笑)

男の子は打たれ慣れている?

4年前、わたしは、どうして欲しかったんだろう?
小さな息子にもっと共感し、優しくしてほしかったのかな?男の子として、家庭で育てるのは厳しいな。社会の通過儀礼を体験できてよかったよね〜と思ってたのかな?よく、覚えていない。

少なくとも、学校に通ってる間は、女の子であることで、不当に差別された記憶はない。

男の子はどう思ってるのかなー?

2013年12月20日***

男の子は打たれ慣れている?

今日は、保育参観でした。
朝から、息子と一緒に保育園でまったり。

保育園では、ゆっくり時間が流れている。
普段のお仕事モードのねじをそっと抜いて、鞄にしまいました。

子供たちは、小さくて、机もいすも戸棚もみんな小さい。
なんだか自分がガリバーになった気分。

私たちの子供の頃?の保育園は、もっと管理的だった気がする。
でも、いまの保育園は、もっと緩やか。
自分で考えるよう促している感じ。

「先生が戻ってくるまで、静かに待っててね」
って言われても、みんな静かにした方がベター位にしか受け取っていない。
先生が去ると早速、珍しい大人である私に話しかけてくる。
可愛いし、この空気感ならお話してもいいかな?と思いつつ、先生の言葉に縛られる自分。

少し言葉を返した後、「先生、静かに待っててって言ってたよね~」と、「しーっ」とオーバーアクション気味に子供たちに伝えてみる。みんな一本指を口の前にたてて、しーっ!静かなような静かでないような。

同じような困惑は、ラダーで遊ぶ時にも。ラダーとははしごに見立てた紐を床に貼って、一段ずつまたいだり、両足をそろえて歩いたりする遊び。

「ラダーに触っては行けません。触った人は列の最後に並んでもらいます」
並んで待っている間に、ある男の子がラダーに触ってしまったらしい。先生に後ろに来るように言われたけど拗ねてそこに居座っている。先生は、無情にその子を飛ばして次の子から順に名前をよぶ。一番前に並んでいるのに、彼はそこにいないみたい。

また、ある時は別の男の子が、はしゃいで手を挙げて喜んだとき、少しだけ隣の女の子に手が当たってしまった。その女の子は朝からめそめそモード。ここぞとばかりに派手に泣き出した。(私から見ると、それくらいで泣かないで、その男の子に「気をつけてね」って言えるといいんだけどなって程度)でも、先生に言いつけに行くと、先生はその男の子に謝るよう促した。もう、その時点で男の子も泣き出している。でも、その男の子に対するフォローはない。

前に保育園の実習に行った時も思ったけど、保育園の先生は女の先生が多いから、女の子の気持ちには共感するけど、男の子の気持ちへの共感が薄いよって感じた。
今日の先生は男の先生だったけど、対応は変わらなかった。保育理論として、男の子と女の子で違う対応を学んだりしているのかな?

彼の悔しい気持ち。理由も聞かれず悪いと言われた無念さ、私には分かるよ。

そんなことを考えながら、ふと、職場の同僚たちを思い返した。
確かに、女性は共感を重視するけど、男性は、あんまり共感を重視しないな。
っていうか、共感を期待していないみたいに見える。

男の子は、こんな風に子どもの頃から鍛えられているのかもな。自分の正しさが常に通らないこと、言い訳が聞いてもらえないこと。納得できない評価を受け入れ、受け流す技術。
大人の私よりもずっと上手かもしれない。

男の人が多い組織で、女性が甘えていると言われるのはそういう根底の感覚が違う所かも知れない。だから、周りの人に過度に期待しすぎていないか、自分に問いかけて気をつける必要があるかも知れないなあ。。なんて思ったのでありまする。