poco_chan’s diary

ポコちゃんのつぶやきブログです。ひとりぼっちで辛い思いをする人がいなくなるように。ここを訪れてくれた人の心がすこし軽くなって、社会を信じて自分を好きになったらいいな。落ち込んでるなんて、もったいない。みんなで力を尽くし、よりよい世の中を作れるように。そうして、かわいい子どもたちや、若い世代に明るい未来を引き継げるように。それが、ちっぽけなわたしの壮大な夢です。(笑)

下駄を履かせる

最近のさ、男女平等の話に絡んで、下駄を履かせるってことばを目にする。

男は、長いこと下駄を履かせてもらって、会社も学校も入れてもらってきた。本当は、試験だけなら女のが優秀なのに。

とか

女は、女として、いろいろ免除されたり、優しくされたり、甘やかされ、下駄を履かされてきた。

とか。

別にさ、誰かが好意で履かせてくれた、もしくは、頼んでもいないのに履かされた下駄のこと、そんなに気にしなくていいんじゃない?

日本文化なんて、そんなもんだよ。

大事なのは、今のが実力じゃなくて、立派な下駄とか、恵まれた環境のお陰でちょっと良く見えてるかもしれないと、わかっていること。
だから、自然に謙遜も出てくるし、人に道を譲ったり、下駄を履かせる余裕も出てくる。

ちょっと、弱さを持つってことは、大事なことなんだ。

何でもかんでも剥ぎ取って、さあ、真っ裸で勝負しましょう!って、何を目指してるの?

別に、ナショナリストじゃないけどさ、日本の中で潰し合いしても、全然世界に貢献しないわけ!

七五三でも、卒園式でも、なんでもいい。みんな、きれいな服を着せてもらったでしょう?頑張るときは、下駄を履くのがエチケットってもんさ。
そうやって、ちょっと背伸びする。それが、成長でしょう?

履かせるほうだって、相手を選ぶ。誰にでも、下駄を履かせるわけじゃない。下駄をもってこい!っていばったら、パワハラかも知れないけど、ドキドキしながら、受け取った下駄を履くことに引け目を感じないでほしい。

そして、誰かの成長の節目には、惜しみなく下駄を履かせて上げてほしい。

下駄を履かせてもらったら、ちゃんとそのように振る舞ってほしい。

そんなことを思った。