poco_chan’s diary

ポコちゃんのつぶやきブログです。ひとりぼっちで辛い思いをする人がいなくなるように。ここを訪れてくれた人の心がすこし軽くなって、社会を信じて自分を好きになったらいいな。落ち込んでるなんて、もったいない。みんなで力を尽くし、よりよい世の中を作れるように。そうして、かわいい子どもたちや、若い世代に明るい未来を引き継げるように。それが、ちっぽけなわたしの壮大な夢です。(笑)

嫌な感情

360度柔らかな感情だけの人はいないんだろうか?

今朝、夫と話していて、わたしが学童の役員でトラブルに巻き込まれた時から、変わったと言われた。
あのときは辛かったな。母にがんが見つかり、息子は0才。保育園と小学校に同時に入れた。引っ越しもあった。職場復帰もあった。今までの人生で一番しんどい時期だったな。

ある塾に入ったのも、それから一年後だったかな?
私には、信じるものがなかったな。世間が全て世知辛く見えた。

それまでは、与えても与えても、母乳のように吹き出してた愛が、枯れて、いつも水をくださいという生命の懇願みたいになってた。

変わったのかもね。あの時から。

家族のことだけに生きた母。身体が不自由になっても、人のために何もできないのはつまらん。自分のことだけはせめて自分でしたいと言っていた。
人のためにやりたい人がいるかもしれない。他の人にやってもらうのもいいんじゃない?って思ったけど。母は幸せだったのかなぁと考えた。人の役に立つということが、支えであり、生きがいだったのだろうな。

息子もそんなところがちょっぴりある。みんなが嫌がる牛乳係を3日もやったら、4日目も押し付けられそうになって、嫌だといった。周りの人は、息子がみんなが嫌がるから、牛乳係を引き受けていたとは思っておらず、牛乳係をやりたいのだとおもっていたらしい。
人のために役に立ちたいという思いは、万国共通ではないらしい。人のために生きてたら、ありがとうといわれなかったら、何を燃料にするんだろう。やってやったという自己満足かな?確かに、母にはそんなところがあったかも?
母なら一週間、牛乳係をやり続けたのかな?

そして、わたしは、父から逃げ続けている。母がいないことがまだ受け入れられていないのかも?

もし、父が病気になったら、後悔しそうだな。それとも、施設か病院に入れて、見て見ぬふりをするのだろうか?

顔を見たら、知らんぷりはできない。忙しいふりをして、連絡を取らず、父と距離を置くのかな?親不孝でごめん。

わたしは、幸せ?……最近、あんまり幸せじゃない。夫が当てつけのような意地悪をするから。拗ねた子どもみたいだ。そういうときに、わたしは、上から優しくすることが嫌いだ。大切にされていないと感じて、心を閉じてしまう。優しく振る舞えばいいのに。それだけはできない。

戦いたいわけじゃない。力比べをしたいわけでもない。じゃあ、なんで和解できないの?意地悪をしたら、思う通りになったというのが嫌。嫌なことをされた相手に、優しくなんかできない。

これって、同時にごめんね。をいって仲直りのケースかしら?やだな。わざと人を傷つけるような振る舞いが嫌なのだ。やめてほしい。だから、屈したくない。そこだけは、譲れない。

もっと幸せを集めないと、みんなに振りまけない。ネガティブに飲み込まれないように。