poco_chan’s diary

ポコちゃんのつぶやきブログです。ひとりぼっちで辛い思いをする人がいなくなるように。ここを訪れてくれた人の心がすこし軽くなって、社会を信じて自分を好きになったらいいな。落ち込んでるなんて、もったいない。みんなで力を尽くし、よりよい世の中を作れるように。そうして、かわいい子どもたちや、若い世代に明るい未来を引き継げるように。それが、ちっぽけなわたしの壮大な夢です。(笑)

感情的とは

何かを言いたい時、伝えたい時、その言葉が感情的だと評されることがある。

感情的とは、一時的、やっちまった的な、冷静でない衝動的な言葉という意味だろうか?

でも、違うんだな。

I(アイ)メッセージなんだよね。実は。

押しつけにならないように、自分はこう感じる、こう思うと伝えるのって。
それを感情と勘違いしてもらっては困る。

2周回って、敢えてそういう言い回しを選んでいるのだから。

冷静な言葉ってなんだろうね。
ロジカルで、絶対的に正しい考えや言葉なんてないんじゃないかな。

物事はすべからく多面体だし、見る方向や立場によって、全く違う表情を見せる。

「◯◯すべき」なんてたったひとつの言い切りなんてあり得ないんだと思う。
よくあって、こっちの方がまだマシとか、善後策とかそんな感じ。

ただ見えている一面をどんなに精巧に論理的に描写したとして、三次元にこころまで含む人と人の関係を言葉で現しきるのなんて、無理なんじゃないかしら。

人間関係以外の物事であったら?

それは、例えば、実験結果とか、調査結果とか、できるだけ誰が見ても、偏りのない公正な考えと、ロジカルな解説を求めるよね。

うーーん。

だけど、人間関係に関しては、ロジカルってあり得ないように思うんだよね。
それができると思っていること自体がおこがましい。
関係は流動的で環境や構成によって変化するし、人の心の中身には、それこそ計り知れないこれまでの歴史や経験、個人的な事情が影響をあたえるから。

「みんな違ってみんないい」だからさ、同じように考えられないということが、すでにデフォルトなの。
そこで、どれだけ、何パーセントかでも、相手、そしてお互いを理解し、一緒にいられる空間を残すことが、大切なんじゃないかなあって思う。

自分の思いを吐き出さずに、冷静に客観的に、今できることを具体的に示せることも偉いと思う。
すごいと思う。それは、冷静だと思って、尊敬する。

だけどさ、感情的に見える言葉にも、奥深い思いや戦略があったりするってことも、事実だったりするわけでさ。

というわけで、ポコちゃんは元気です。
凹んでなんかいませんよ。
だって、これがわたしのやり方だもの。

なにも言えなかった半年前より、自分のやれることをやりきったという達成感すら感じていますよ。

本当のことが言いたい。つつみかくさずに。
遠慮するんじゃなくて、居心地が悪いなら、改善したいから。
だって、わたしたちはそうあれる仲間だって信じてるから。