poco_chan’s diary

ポコちゃんのつぶやきブログです。ひとりぼっちで辛い思いをする人がいなくなるように。ここを訪れてくれた人の心がすこし軽くなって、社会を信じて自分を好きになったらいいな。落ち込んでるなんて、もったいない。みんなで力を尽くし、よりよい世の中を作れるように。そうして、かわいい子どもたちや、若い世代に明るい未来を引き継げるように。それが、ちっぽけなわたしの壮大な夢です。(笑)

ういろはうみゃ〜にゃ〜。

疲れた。。。

本当に疲れた。

そんなになにが大変とかじゃないんだ。
人間関係に疲れた。

三連休は、ゆっくりしている。
そうじゃなくても、コロナとかうるさくて
はしゃいで外出する空気じゃないということは知っている。

台所のカウンターを拭いたり、アロマディフューザーをたいたり、息子の宿題の計画をたてたり。
洗濯物を畳んだり、床の拭き掃除をしたり、(ウエットティッシュで)、落ちている髪を拾って捨てたり、料理をつくったり、下ごしらえをしたり。
献立を考えたり、買い物に行ったり、ダイニングテーブルをなんども拭いて磨いたり。

そうやって、甲斐甲斐しく家事をやるような様子で、わたしは自分を慰める。
大丈夫だよ。って、自分を整える。

おいもを蒸して、子どもたちに食べさせてる傍らで、こっそり買ってきたういろをむいて、切る。
ちゃんと、家族の人数の4等分だ。
1切れずつほおばる。あー、おいしい。
娘が「こんな味だったっけ?」という。
そうさ、娘はもっと柔らかめに蒸したお土産用の高級ういろしか食べたことがないのだ。
なかに栗だの葛だの練りこんだり、さつまいもを入れた鬼まんういろも好きだったな。
そうだ、娘が息子と同じ歳の頃、母のお見舞いと通院の付き添いの度に職場と家族に買って帰っていたもの。

久しぶりに食べた昔ながらのういろ。四角くて、さくらと黒糖としろと抹茶。少し硬くて、懐かしい味がした。子どもの頃の風景が瞼にうかんだよ。

食べ始めたら、止まらなくて、あー、こんなに甘くてお腹にたまるものをひとりでこんなに食べちゃったと、後悔して、ひとりイライラしてた。

名古屋にいた頃、私にはきっとそんなひとりの時間がたくさんあった。子どもたちにもそういう時間って大事だよね。

いつも宿題や仕事に追われることは、けっして不幸なことではない。社会の役に立てることは、よろこびだ。

それでも、ひとり、薄暗いコタツでういろを食べ過ぎて自己嫌悪する時間も、私にとっては無駄な時間ではなかったと思う。今、思うとね。

あー、おなかいっぱい。これは、農作業の合間にお腹をみたすもの。こんな夜のおやつにはちょっと重すぎるかも。頭使って、糖分消費してから寝ようっと!

ういろはうみゃ〜にゃ〜。ねこのように、気ままな子どもの頃の懐かしい味がする。あの頃が懐かしい。わたしは、子どもたちにそんな懐かしい時間を作ってあげられてるかしら?なんて、思ったりする。そんなこと、わかるか?わかるのは、早くて20年後だよ。その頃、子どもたちが幸せだといいな。