人生の終焉
母が50歳になったとき、「もう、50。」と言った。ポコちゃんは、「まだ50。これからだよ。今まで忙しかった分、楽しんで。」と言った。
それから、母のがんが見つかり、治療が始まり、治療の後遺症で左半身が動かなくなり、誤嚥性肺炎が怖くて、気管切開をして、話せなくなり、枯れるように亡くなった。
ポコちゃんは、来月、その50歳になる。
とても切ない気持ちになる。子どもたちにやってあげられること、残せることがとても限られているように感じてしまうのだ。
あんなに元気だった母がなくなってしまったのだから、自分の命が永遠みたいに能天気ではいられない。
そうすると、優先順位とこ、何からしたらいいのだろうと考えたりすると、何にもできなくなってしまう。あー、役立たずのポコちゃん全開である。
そんなこんなで、誕生日を前に、なんだか憂鬱になる。
夏女、ポコちゃんがである。
元気出せよ。
憎まれっ子世にはばかるっていうし、図太く、憎々しく、居座ってやればいいのさ。この世に。
そんなふうに悪びれながら、泣いてしまいそうな自分を励ましている。
実用になることを。
そうじをして、ご飯をつくって、みんなで笑って、一緒にいられることを噛み締めよう。この時間をもっと大切にしなくっちゃ。
はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」
それは、母の50歳の誕生日。